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紙のストローを使って気づいたこと

昨今、環境に配慮した企業活動ってのが大きなトレンドになってます。

海洋汚染につながるからプラスチックの袋は使うのやめようとか、プラスチックのストローは使わないとか、色々と試行錯誤されてます。

そして先日初めて紙でできたストローを使ったんですね。で色々と気づいたことがあるのでそれを書きとめておこうと思います。

紙のストローの使い心地

紙のストローを使った感想ですが、紙をくわえてる感じがしました。そりゃあ紙でできたものをくわえてるんだからね、当たり前だね!そりゃ紙の味するよね!

しかし同じ紙でもタバコはそこまで紙をくわえてる感はしなかった気がしますし、まあこれから改良されていくんでしょう。

で、これから増えると言われている紙ストローですが、大雑把に言うと環境に与える負荷が少ないから使おうってことになってます。しかしですよ、プラスチックストローは海洋生物が食べて海洋汚染につながるって言うけど、紙ならそのまま海に捨てて食べてしまっていいの?そもそも海にそのまま捨てないようにちゃんと回収して焼却するとか、そういうゴミ収集の課題にフォーカスすべきじゃないの?プラスチックは化石燃料を使うって紙ストローも接着剤使ってるやん、とか色々突っ込みどころはあるわけです。

環境に配慮することは良いことだと言われれば、そりゃあ総論は賛成ですよ。配慮しないことが良いことだとは思いませんし。しかし各論としてプラスチックがダメとか、動物の皮を使うのがエコじゃないとか、具体的なアクションになった途端に胡散臭さを感じるのは筆者だけではないはず。

紙ストローに変えることの意味

と、この環境に配慮した取り組みについては、(* ̄- ̄)ふ~んって感じであまり大きな意義を感じていなかったんですが、先日ある話を聞いてその活動の意味がものすごく腑に落ちました。

どんな話かざっくりまとめると

・若い人を中心に価値観が変わってきていて、環境へ配慮した行為というのは価値を感じられるようになってきている。

・そうするとどうなるかというと、モノを買うときに特にパッケージなんかに関しては環境に十分な配慮をしていないと、ちょっと昔の商品だよね、とうイメージを持たれてしまう。

はあ~なるほど。そう言ってもらえると分かる。環境に配慮してない姿勢が古臭く感じる、って確かにそうかも。極論ですが、うちは地球環境に全く配慮しない!環境汚染なんかしったこっちゃない汚し放題のイケイケどんどんの会社です!引かぬ媚びぬ顧みぬ!(ちょっと違うか)みたいなマッチョなイメージがこれからの世の中で大衆に受けいれられるとは思えないですね。お前いまどきそれどうなの?っていう。あくまで筆者の感じ方ですが、あたってるように思える。。

筆者はファッションが好きなので、ファッションに例えると良く分かります。ファッションって少し前までいいと感じてたものでも、時間が経つと徐々に古臭く感じてくるものじゃないですか。ピッタピタの服を着てるのがちょっと古臭く感じるように、価値観の変化とともにプラスチックのストローが古臭く感じるようになるってことです。別にファッションに限ったことではなくトレンドってそういうものってことです。ものやサービスを提供している企業からすれば無視できる話ではなく、メーカーであれば商品そのものや梱包材に古臭いイメージがあるとダメですし、飲食店なら内装とかコップとかストローとか袋がイケてないとダメですよね。この場合のイケてるイメージが環境に配慮しているイメージってことです。(逆に言うと配慮してないように見えるのはイケてないってこと。)

ただ実際に環境への配慮と言っても、色々な切り口があるわけでそういう状態が良いのかの明確な定義は難しいですし、何を以て環境への配慮と定義されるのかが科学的な議論を経て決着されているかというとそんなこともなく、なおかつそれらが具体的なイメージとして世間一般にまで共有化されているかというと全然そんなことはないと思います。

なので具体策は非常にあいまいですし実効性の有無も検証中といったところで、なので購買につながるかっこよさげなイメージも何が正解なのか、大枠では試行錯誤の段階にあるんだと思います(もしかしたら正解なんかないのかもしれませんが)。この商品のパッケージの原料はどこで獲れてどういう経路を経て梱包材になっているか、みたいな話を丁寧に説明してブランディングしているシーンってたまにみかけます。それでどこまで良いイメージを持ってもらえるのか、実効性があるのか、当事者達がどこまで腑に落ちているかは定かではないですが、ブランドイメージを高めたり維持するためには必要な取り組みであることは間違いないと思います。

環境配慮のトレンドっていつまで続く?

環境配慮って話もトレンドである限りはいつかは流れが変わるタイミングが来ます。定着すれば尚更、その本流に対するアンチがかっこいいみたいなイメージは必ず出てくるはずです。その場合のアンチってどんなイメージでしょうね?ギラギラしてて優しさのかけらも感じられないような攻撃的で不健康そうなイメージですかね。知らんけど。しかしそれがマスにまで行き渡るかというと、どうでしょう。

この環境配慮への渇望というか、生活環境が良くなって欲しいって、要は安心して暮らしたいという願望から来てるんじゃないかと想像します。夏は異様に暑かったり、記憶にないくらい自然災害が頻発していて生活が脅かされていると感じるからこそ、自然環境と生活環境が良くなって欲しい、良くなってくれれば自分達も安心して生活できるはずだ、という祈りみたいなもんなんだと思います。いやあくまで筆者の想像なんですが。

ただ、そういう安心して生活したいという欲求って自然な話だし、当たり前の話ですよね。しかしその欲求のかなえ方だったり、実現を阻害する要因が何だと感じるのかは時代とともに変わるものなんだと思います。一時代前なら東西冷戦構造の中で東側が悪い、西側が悪いって話だったし、テロが悪いって話は今も継続中です(いや実際テロは怖いし生活環境を悪化させてるんですけどね)。その一つが環境問題なのではないか?と思うわけです。矛先がそっちに向いてくるとも言えますかね。だからある意味攻撃的な人達も出てきてるんじゃないかなぁ。まあ、ほんとにドンパチやる方に矛先が向くよりよっぽど健全ですよ。

自分達の生活を良くしたいから地球環境を良くしたいって、そんなに簡単に変わる話だと思いますか?「最近は環境が良くなって安心して暮らせるようになった」って思いたいのはやまやまなんですけど、個人レベルの感じ方はさておき、実際に気候変動はこれからも進みますし、災害も起こりますから「悪化している」と思う人が多数を占めていくように思いません?なのでむしろどんどんそっちの方向に行くんじゃないかと。だから環境問題への関心は”メガトレンド”だと言われんでしょうね。

上でも書きましたが、それらの反対のエコじゃ無いのがかっこいい的なカルチャーは一部で生まれるんでしょうけども、多くに支持されて広がるとは考えづらい。だってそんなエコじゃない考え方がみんなの生活向上に役に立つとは思えないから。一部のファッショントレンドとして消費されて終わるんじゃないかと思います。

メガトレンドなのでそう簡単に流れは変わらないと考えられているから大企業も投資しているわけです。大企業に限らず環境への配慮云々ってのは世界的に莫大な規模で公的な予算もついていて、ということはその世界で生きている人も大勢いるということ。大規模なビジネスと投資、雇用も生みますし、そうすると彼らは大衆に「地球環境が悪化しているような気がする」と思ってもらった方が得なので、より強くそう思ってもらおうと煽りますし。それが自分達の仕事ですしね。

話は長くなりましたが、長く続くんじゃないかなと。少なくとも数十年単位で続く話だと思います。

まとめ

以上、紙ストローをしげしげと眺めながら考えたこと。

プラスチックストローを見て古臭く感じ、紙のストローを見て違和感なく感じるようにになるのかぁ、と思うと面白いですね。自分の子供の世代ではプラスチックストローってのが平成のレトロなモノに見えるようになってるんでしょうね。そうするとその時はそれが格好いいってことになってまたちょっと流行ったりして。

ではでは。

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