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「KonMari 人生がときめく片づけの魔法」を見て思った “価値” に気づくアメリカ人の思考

皆さん、”こんまり先生” って知ってますか?

2010年に発表した著書『人生がときめく片づけの魔法』が100万部を超えるベストセラーとなり、「片づけコンサルタント」として超有名な近藤麻理恵氏(こんまり先生)。同書の翻訳版が2015年にアメリカでニューヨーク・タイムズ1位に選ばれ、更にこんまり先生自身が『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれる等、今や日本よりアメリカで抜群の知名度を誇る方です。「konmari」や「Kondo Marie」という言葉が英語で「こんまりメソッド」で片付けることを意味する言葉として使われるほどの人気ぶりだとか。

そのこんまり先生のオリジナル番組「KonMari 人生がときめく片づけの魔法」がNETFLIXで配信されています。

 外部リンク<NETFLIX「KonMari 人生がときめく片づけの魔法」>

もちろんアメリカで作られた番組。あんまりにも面白くて全8本を一気見したんですが、これを見てアメリカで「KonMari」がうけた理由が分かったっ気がするので、今日はその話をしてみます。

片付けってのはそもそもスピリチュアル

「こんまりメソッド」といえば「ときめき」。要はときめきを感じるものは残し、ときめかないものは捨てる、というシンプルなもの。非常に女子っぽいな~と思い、そのフワっとした雰囲気に最初はあまり興味を持てなかったんですが、こんまり先生の言うことをよくよく理解していくと凄い深いことを言ってることに気づかされます。

片づけってのは即ち自分の内面の整理なんですよね。

例えば、子供が赤ちゃんのときの服とか、もう遊ぶこともないおもちゃとか、子供が書いてくれた絵とか、子供が小さかった頃の思い出の品が捨てられないというのは、もう戻ることの無い、自分にとって価値ある時間が忘れられず、子供にとって唯一無二の存在 ”だった” 過去の自分に執着しているということ。

痩せたら着ようと思っている服とか、読もうと思ってずっと積んでる本とか、そういうものは理想の自分を体現してくれる、もしくは自分を理想に近づけてくれるアイテム。それらを捨てられないというのは、太った自分を許せない、知識の無い自分を許せない、そんなコンプレックスが原因なわけです。

番組の中でスニーカーコレクターの人が出演されてましたが、特に飾るわけでもなく部屋に無数のスニーカーを箱のまま積んでるんですよね。でも普通の人間に足は2本しかついてませんからね。合理的に考えたら絶対使わないであろうものを、部屋が埋まって生活に支障をきたすまでため込むという、その蒐集癖からは何かの心の病を感じます。そのスニーカーでどんな心の隙間を埋めていたのかは分かりませんが、大なり小なりモノで心の隙間を埋めるというのは、誰しも経験があるのではないでしょうか。

モノが無い方がむしろ豊かであるという現代のリアル

こんなこというと怒られるかもしれませんが、モノであふれた家を見て “豊かさ” を感じますか?例えばテレビの貧困問題を扱った番組で、貧困層とされている人の部屋を見るとモノで溢れかえっていませんか?むしろ逆じゃないですか?すっきり片付いていて不要なものが少ない部屋の方が “豊かさ” を感じませんか?

モノが無い方が豊かに感じるって矛盾しているようにも思えますが、それが現代のリアルでしょう。

モノに執着することは、つまりその人が心に問題を抱えているということ。

結局片づけとは、モノに対する自分自身の執着と、どう折り合いをつけるかという話に行きつく。

これは古今東西変わらない。

付喪神(つくもがみ)※とはよく言ったものです。昔の人はよく分かっていますね。

※長い年月を経た道具などに神や精霊(霊魂)などが宿ったもの。人をたぶらかすとされた。

モノにこびりついた怨念とは、自分自身の怨念です。

お焚き上げなんていう文化があるのも、物凄くうなずける話。

前向きな行為ではなかった片付けにエンタメ性を与えた「こんまりメソッド」の凄さ

ちょっと想像すれば分かりますが、自分のコンプレックスや、執着心と折り合いをつけることって凄く難しいことですよね。簡単なことではないし、精神的な辛さを伴うことでしょう、普通は。

こんまり先生はそれを “ときめき” “Spark Joy” と言ってエンタメに昇華させてるわけです。

古来より世界中の人々が困っていた “片づけ=自分の抱える内面の問題の解決” に、東洋のエキゾチックさで味付けしたスピリチュアル性と、”ときめき” ”Spark Joy” という前向きな、明るさのある判断基準を持ち込んだのがこんまり先生。

これって凄くない?

スピリチュアルでありながら、事の本質を突いた合理的な解決に結びついているという、分かると凄いことを言ってることに気づかされます。

「KONMARI〜人生がときめく片付けの魔法〜」を見ていても、まず最初に相談者と挨拶した後は、これが重要と言いながら、片づけに入る前に家に挨拶を始めます。(どうでもいいけど、アメリカ人がでかくて、こんまり先生が華奢で小さいのでその対比がまたインパクトあって面白い。)

もうスピリチュアル全開と思うじゃないですか。何の儀式?みたいな。

そしてまたアメリカの家って大きいし、散らかり方もダイナミックなんですよね。まじモノの量が半端じゃない。ガレージまでものが溢れかえってたり。

それをこんまりメソッドで片づけていくと、徐々に相談者達の関係性や内面の問題が表に出てきて、彼らが自分達自身の問題と向き合い、折り合いをつけようと葛藤する姿が描かれます。

番組の最後には、内面の問題と向き合ったことで晴れやかな表情になった相談者と片づけにも目途がつき、すっきりした家の中が映し出されます。

番組を作った人は良く分かっていますね。

「KonMari」のヒットから考えるアメリカ人の思考

こんまりメソッドが日本よりもむしろアメリカで大きく支持されたというのも、この本質を凄くうなずける話なんですよね。

こんな風に、こいつは面白いこと言ってるけど、何故だろう?どんな価値があるんでろう?これの持つ意味とは?ということを考えて、価値に気付けるのがアメリカっぽさなんだと思います。

たぶん普段からそんなことばっかり考えているんでしょう。

例えば野球でも同じ。

小さなボールを投げて細いバットで打つという行為を見て

アメリカ人は、細いバットで小さいボールを打てるのは難しいし、凄いことだ。だから見世物になるエンタメになる、と思い、

日本人は、これは修練になる、と思ったそうです。

どっちがいいのか悪いのか、という話ではなく、そういう考え方が染みついているのでしょう。

普段からそんなことばっかり考えている人達だから、新しい ”サービス” はアメリカから生まれるんでしょうね。起業を目指す人がいっぱいいて、GAFAなんてのが生まれるのも、凄くアメリカらしい。

じゃあ日本は?そういう、こんまりメソッドの持つ本質的な意味にどれだけの人が気づけたのだろう?人に与える価値の大きさを突き詰めて考えられた人がどれだけいたのだろう?

多くの人は気づいてはいたけども、言葉にできるほど突き詰めて考えていなかったから、むしろアメリカで本質に気づいた人のプロデュースでヒットしたってことなんでしょう。

“Spark Joy” なんて、よく思いつきますよね。

それが良いことなのか、悪いことなのかとか、そんなことはどうでもよくて、そういう思考パターンを日本人が得意としていないし好きでもない。そういうタイプではないんだろうとつくづく気づかされます。

GAFAみたいにならなきゃいけない!とかそういうビジネス書が書店に行くといっぱい並んでますけど、真似しようとしたって、民族の習慣レベルで思考パターンが違っているわけだから、同じことができようはずもない。

付け焼刃で敵うものではないでしょう。

じゃあ日本人の得意なこと、好きな思考パターンてどんなもの?って話をしたいのですがそれはまたの機会に。

今日はここまで。ではでは~。

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